ケモインフォマティクスでの高分子の解析事例として度々登場するガラス転移温度についてまとめた。
(ここの記事はポリマーのガラス転移温度に関する内容です)
ガラス転移点とは
(樹脂,ポリマーの場合)ゴム状態から固化状態(ガラス状態)になる境界の温度。一般にTgと表記される。
熱可塑性樹脂は、高温の液状状態から冷却していくと徐々に粘度が高くなりゴム状態になりガラス転移温度以下で固化する。
ガラス転移温度に寄与する因子
ポリマー全体の構造というよりも、モノマーの構造(モノマーの嵩高さや、柔軟性、長鎖アルキルの有無など)の影響が大きい
ポリマーを構成しているモノマーの記述子を変数として使うことで、Tgを精度良く予測できるのはこういう理由があると思われる。
(逆にポリマー全体の構造情報に依存する機械特性などは、モノマーの記述子から精度予測することは難しい)
高分子の主鎖がたわみにくい ⇒ Tgは高くなる
側鎖のかさばりが大きく、たわみにくい ⇒ Tgは高くなる
柔らかい長鎖アルキルがある ⇒ Tgは低くなる
ガラス転移温度の推算式
Van Krevelenの推算式
(D.W.Van Krevelen, Properties of Polymers, Elsevier, Amsterdam, (1990))
$$ T_g = \frac{ \sum Y_{g,i}}{M_0}$$
$ y_{g,i} $:ガラス転移関数 $Y_g$にカタイする原子団 $i$ の寄与
$ M_o $ 繰り返し単位の分子量
Askadskiiの推算
(A.A.Askadskii, Physical Properties of Polymers, Gordon and Breach, Amsterdam, 1996)
$$ T_g = \frac{\sum V_{w,i}}{\sum a_i V_{w,i} + \sum b_i} $$
$ V_{w,i} $:繰り返し単位のvan der Waals 体積に対する原子 $i$ の寄与
$ a_i $:原子 $i$を特徴付けるパラメータ
$b_i$:各種相互作用に対する原子 $i$ の寄与
Wiffらの推算式
(] D.R.Wiff, M.S.Altieri, I.J.Goldfarb, J. Polym. Sci. Polym. Phys. Ed., 23, 1165(1985). )
$$ T_g = \frac{\sum K_{w,i}}{\sum V_{w,i}} + 1.435 $$
$Ki$:各原子の相互作用に関連するパラメータ
$V{w,i}$:繰り返し単位のvan der Waals 体積に対する各原子の寄与
Kreibich とBatzer の推算式
(U.T.Kreibich, H.Batzer, Angew. Makromol. Chem., 83, 57(1979).)
$$ T_g = \frac{0.0145 \sum E_{c,i}}{\sum m_i} + 120 $$
$ E_{c,i}$:繰り返し単位あたりの凝集エネルギーに対する原子団$i$ の寄与
$ m_i $:最小運動単位の数$m$に対する原子団$ i$ の寄与
共重合体のTg(FOXの式)
複数成分系の共重合物の Tg は、ホモポリマー1,2,...,n の Tg をTg1,Tg2,...,Tgn、重量比率をC1,C2,...,Cnとすると次の式(FOXの式と呼ばれる)で表すことができる(単位はケルビンK)ref
$$ \frac{1}{Tg} = \frac{C_1}{Tg_1} + \frac{C_2}{Tg_2}+ \cdots +\frac{C_n}{Tg_n}$$
希望するTgの共重合ポリマーを合成するときにはFOXの式などを参考に共重合比を調整する。
ガラス転移温度の測定法
ガラス転移点では物性(剛性や粘度など)や体積が大きく変化したり、吸熱や発熱が伴うことが多いので、そのような変化を測定することでガラス転移点を決定できる。
主な測定方法
- 熱機械分析(TMA):試料温度をプログラムに従って変化させ,その過程で試料に一定の圧力を加えながら試料寸法の変化を測定する方法ref
- 示差走査熱量測定(DSC):試料温度をプログラムに従って変化させながら,基準物質と試料の温度を測定し,その温度差から熱量を測定する方法ref
- 示差熱分析(DTA):試料及び基準物質の温度を一定のプログラムによって変化させながら、その試料と基準物質との温度差を温度の関数として測定する方法ref
主な樹脂のTg
- ref(1):樹脂のガラス転移温度Tg
- ref(2):アクリル系エマルションの設計
ポリマー名 | Tg | モノマー名 | 参考 |
---|---|---|---|
ポリエチレン | -125℃ | エチレン | ref(1) |
ポリプロピレン | 0℃ | プロピレン | ref(1) |
ポリ塩化ビニル | 87℃ | 塩化ビニル | ref(1) |
ポリスチレン | 100℃ | スチレン | ref(1) |
ABS | 80~125℃ | アクリロニトリル,ブタジエン,スチレン | ref(1) |
ポリアミド6 | 50℃ | - | ref(1) |
ポリアミド66 | 50℃ | - | ref(1) |
ポリアセタール | -50℃ | - | ref(1) |
ポリカーボネート | 150℃ | - | ref(1) |
ポリフェニレンスルフィド | 126℃ | - | ref(1) |
ポリウレタン | -20℃ | - | ref(1) |
ポリエーテルサルホン | 230℃ | - | ref(1) |
ポリフェニレンオキシド | 104~120℃ | - | ref(1) |
ポリアミドイミド | 275℃ | - | ref(1) |
ポリ乳酸 | 57℃ | 乳酸 | ref(1) |
ポリテトラフルオロエチレン | 126℃ | - | ref(1) |
EVA | -42℃ | - | ref(1) |
ポリアクリロニトリル | 104℃ | アクリロニトリル | ref(1) |
ポリフッ化ビニリデン | 35℃ | - | ref(1) |
ポリブチレンテレフタレート | 50℃ | - | ref(1) |
ポリエチレンテレフタレート | 69℃ | - | ref(1) |
ポリ酢酸ビニル | 30℃ | 酢酸ビニル | ref(2) |
ポリアクリル酸2エチルヘキシル | -70℃ | アクリル酸2エチルヘキシル | ref(2) |
ポリアクリル酸ブチル | -55℃ | アクリル酸ブチル | ref(2) |
ポリアクリル酸エチル | -24℃ | アクリル酸エチル | ref(2) |
ポリアクリル酸メチル | 8℃ | アクリル酸メチル | ref(2) |
ポリメタクリル酸メチル | 90℃ | メタクリル酸メチル | ref(1) |
ポリメタクリル酸メチル | 105℃ | メタクリル酸メチル | ref(2) |
ポリアクリル酸 | 106℃ | アクリル酸 | ref(2) |
ポリメタクリル酸 | 185℃ | メタクリル酸 | ref(2) |
参考
- ガラス転移点|wikipedia
- 熱分析の基礎|5章 TMAとは?|SHIMADZU
- 熱分析の基礎|2章 DSCとは?|SHIMADZU
- 示差熱分析(DTA)の定義と解説|日立ハイテクサイエンス
- 樹脂のガラス転移温度Tg
- 高分子の熱的特性(ポリマー材料実践講座)
- セラミックグリーンシートにおけるサスペンジョンの3要素とその相互作用
- ガラス転移温度と自由体積(II)
- 高分子物性データベースの構築と物性予測手法
関連書籍